投資資金について少しでも「おかしい」と思う方、自分で判断する前に専門家にご相談下さい。損金なのか被害金なのか判断します。

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36歳の孫、認知症の祖母死なす

《産経新聞 平成25年11月27日付配信》

身長190センチの被告の背中が法廷では小さく見えた。平成25年元日、京都府城陽市の住宅街にある中華料理店から82歳のおばあさんが病院に運び込まれ、4日後死亡した。祖母を殴り死なせたとして傷害致死の罪に問われたのは、孫の中でも特におばあちゃん子で、長年ほぼ1人で面倒をみていたという孫の男(36)だった。前年夏頃から認知症の症状が出ていたという祖母。言って聞かせれば分かると部屋中を注意の張り紙だらけにしていた孫。なぜ悲劇は起きたのか。取材を続けると、決して人ごととは思えない重い現実があった。(京都総局 小川原咲)

■達者で頑固なおばあ

被告は祖母を親しみを込めて「おばあ」と呼んでいた。法廷記録などによると、「昔から口が達者で頑固だった」というおばあの異変に周囲が気づき始めたのは、24年夏ごろだ。

食事や排泄(はいせつ)などにはまだ大きな問題はなかったが、たばこの火の不始末でボヤ騒ぎになったり、処方された睡眠薬を飲み過ぎて入院したりするなどのトラブルを度々起こすようになった。

被告はそのたびに注意していたというが、おばあは言いつけをすぐに忘れてしまう。被告は次第にいらだちを募らせるようになり、11月初旬には初めて手をあげた。

公判では、2人が暮らしていた部屋の写真が検察から証拠として提出され、法廷内の大型モニターに映し出された。

『火を使うな』『薬は1日1回』『灰皿には水を入れる』…。台所や寝室の至る所に、大きな文字が書かれた紙が張り出されていた。被告がおばあのために張ったものだった。

■予兆

被告が、父方の祖母にあたるおばあと、中華料理店の2階で一緒に暮らし始めたのは、11年ごろからだ。それまで同居していた親族が亡くなり、おばあは被告家族と同居するようになったという。

おばあは、18年ごろから入浴介助を受けるようになったものの、20年ごろまでは店を手伝い、その後も、常連客と世間話を楽しんだり、一人で外出したりしていたという。

被告の両親が、手狭だった家を出て近くに引っ越してからは、主に被告がおばあの面倒をみるようになっていった。しかし、認知症の症状が進むにつれ、長年続いてきた2人の生活は、どこかで歯車が狂い始めたようだ。

「イライラしておばあを殴ってしまった」。事件直前の24年12月21日、被告は入浴介助に来ていたヘルパーにそう打ち明けている。そして、おばあもまた「ここにはいたくない」「施設に入りたい」と、親族やケアマネジャーらに訴えるようになっていた。

周囲は、年が明ければ、施設入所の手続きを進めるつもりだったという。

■引き金

事件の引き金は、たばこだった。

12月30日朝、たばこの吸い殻が仏壇の線香立ての中に入っていたことに腹を立てた被告は、おばあに説教を始めた。おばあは「なんで吸い殻が(線香立てに)置いてあるか分からん」と言い返した。

被告は、おばあのこめかみ付近を平手で殴った。身長148センチ、体重28キロのおばあが床に倒れると、怒鳴りながら体を起こして座り直させ、今度は顔面を殴った。投げつけた枕が裂け、なかのそば殻が飛び散って、ようやくわれに返った。そば殻を片付けるため、「あっちに行って」というと、おばあは自分で這(は)ってその場を離れたという。

その後、床に横になったまま動かなくなったおばあは激しいいびきをかき、飲まず食わずで眠り続けた。

異変に気づいた叔母らが救急車を呼んだのは、25年元日のことだ。しかし、おばあは目を覚ますことなく、1月4日、急性硬膜下血腫で亡くなった。

■「おばがわるい」

今年11月1日に開かれた初公判、第1ボタンまで閉めた白いシャツ、グレーのセーター、黒いパンツ姿で入廷した被告は、弁護人が冒頭陳述で「孫の中でも特におばあちゃん子だった」と話すと、握りしめていた白いハンドタオルで涙をぬぐった。

「昔から口が達者で頑固だったおばあ。被告はそんなおばあが認知症だとは思えず、言って聞かせれば分かってくれると信じてた」。弁護人の言葉にうつむく被告。身長190センチの背中は、被告席ではとても小さく見えた。

法廷では、被告から注意されたことやその時々の思いをおばあが、メモに取っていたことが明らかになった。

「シゲキ(被告)がどついた」「シゲキ いうこときいたら なにもおこらない」「火の用心」「死死死」「うそはつかない」「しんどい」…。

暴行事件が起きる前日には、こう綴っていた。

「29日 しげきごめんな ゆるして しげきごめんね おばがわるい」

法廷のモニターに映し出されたおばあのメモを検察官が読み上げる間、被告はほとんど表情を変えなかったが、時折ため息をつき、はなをすすった。

7日に開かれた判決公判で後藤真知子裁判長は、「親族らの助けが得られないまま被害者の世話をほぼ1人で引き受け、度々問題行動を起こす被害者の世話をするのに精神的な余裕を失って犯行に及んでいる。被告人のみを責めるのは酷な側面もある」と一定の理解を示した。

しかし、「無抵抗の被害者に一方的に暴行を加えた犯行は悪質」「犯行後に被害者の異常に気付いたにもかかわらず、すみやかに救急要請せず放置しており、犯行後の情状もよくない」などとして、懲役3年(求刑懲役5年)の実刑判決を言い渡した。

被告は地裁の判決を不服として、大阪高裁に18日付で控訴した。

■65歳以上の4人に1人

10月から京都総局に赴任し司法担当になった私は、判決後、初めて事件現場を訪ねた。私の勝手な予想に反し、中華料理店は営業を続けていた。

「店を辞めようかとも思ったけど、それだと(被告が)行くとこなくなってしまうでしょ…」

休憩中だった被告の父親が少し話をしてくれた。保釈された後、被告は、これまでのように中華料理店を手伝い、近くに住む母方の祖母の面倒も見ているのだという。

11月17日には、同居している母親(86)を殴ったとして、京都市上京区の自称画家の男(52)が逮捕された。母親は暴行を受けた後、死亡した。男は、京都府警の調べに対し「認知症の母親と2人暮らしで介護していた」と話しているという。

今年6月に厚労省研究班が発表した統計によると、65歳以上の高齢者のうち、平成24年時点で認知症の人は約462万人に上る。また、認知症になる可能性がある軽度認知障害(MCI)の高齢者も約400万人いると推計されている。65歳以上の実に4人に1人が、認知症とその予備軍になる計算だ。

事件にまで発展する事例は氷山の一角にすぎず、今や日本のあちこちで孤立し、悲鳴を挙げる高齢者や家族の姿があるはずだ。

離れて暮らす私の祖父母も両親も、いつまで元気でいられるか、だれにも保証はできない。今、私にできることはなんだろう。

「これからこういうことは増えていくと思いますよ」。淡々とそう語った被告の父親の言葉が、何度も何度も頭を巡った。

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